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先週はイエメンコーヒーについて考える機会をいただいた。

イエメン取材をライフワークにしている写真家の森さん、

イエメン出身のモカオリジンコーヒー・タレックさん、

国境なき医師団の濱川さん。

 

イエメンの日常、人々の表情。

イエメンコーヒーの歴史、文化、特徴、可能性。

その一方で、困難を極める医療現場のリアルな体験談。

紛争地域から豆を運び出すことの困難さ。それでも伝統を守り続ける農家たちのこだわり。

 

その国の歴史背景や現状、課題、情勢などを包括的に見つめる必要があり、

それを踏まえた上で、コーヒーを味わうことの大切さを改めて学ばせてもらった。

 

そして、まるで導かれるように、直後に世界一のフーディと称される

浜田岳文さんの著書『美食の教養』を手に取った。

 

このタイミングの良さは偶然ではなく、必然だったように思う。

イエメンのトークセッションで感じた漠然とした思いが、この本が明確に言葉にしてくれていた。

時に誤解されそうな“美食家(フーディー)”という肩書き。

しかし、浜田さんはとてもフラットな論調でわかりやすく言語化してくれている。

 

深く共感した言葉がある。

 

「文化的に食べる」

 

この本では、食事を3つの段階に分類している。

「栄養摂取」・・・生存としての行為

「うまい」・・・本能としての欲求

「美味しい」・・・ 文化としての知的好奇心

 

これは、コーヒーに携わる私たちにとって、非常に示唆に富んでいる。

 

先日のイエメンコーヒーにまつわるあれこれも、

まさに「文化的に味わう」という事の重要性を教えてくれていると、

そう私は受け取った。

 

包括的に見つめること。

 

一杯のコーヒーには、生産者の努力、私達サービス提供者の哲学や技術が凝縮されている。

しかし私たちコーヒー業界人は、生産地について「コーヒー」という枠の中だけで語りがちだ。

 

このコーヒーを飲むことは、生産国の歴史や文化、人々の暮らしに想いを馳せることでもある。

詰まるところ本国まで行って飲むことこそが、まさに文化的に飲むことのゴールだろう。

 

近年、トレサビリティの明確化が文化的に飲むための手助けをしてくれる。

情報のコモディティ化は歓迎すべき変化だ。

 

情報だけで文化的に飲んでいる(食している)気になれるという落とし穴はある。

しかし、別にそれでいいと思う。

ただ、まだ現地には入ってないぞ、ゴールはここではないぞ、という自覚を忘れたくない。

 

私たちには「美味しい(文化的)」を提供する責任がある。

それは押し付けではない。知りたい人に、適切な情報を、適切なタイミングで提供すること。

 

私たちは本当に「価値」を提供しているのだろうか?

「美味しいコーヒー」を提供している。確かにしている。

だがそれは「うまい」レベルに留まっていないか。

 

お客様が一杯のコーヒーを通じて、世界とつながる。

その国の人々の暮らしに思いを馳せる。

歴史や文化を知り、知的好奇心を満たす。

そうした体験を通じて、お客様に安心感をもたらす存在になりたいと願う。

 

浜田岳文さんの著書「美食の教養」詳しくは是非お手に取ってみてください。

グルメガイドではなく、食を通じて人生を豊かにする「知的体験」の方法を示した一冊です。

料理人=クリエイターという表現が素敵でした。

サービスを提供する方なら、業種に関わらず何かしらのヒントを得られるはずです。

 

 

山田